【鉄旅日記】 今年は「真田丸」でしたね!

ちょうど今、今年のNHK大河ドラマ:『真田丸』の総集編の放送が終わったところです。
大阪での谷山浩子さんのコンサートがあった週末は、その『真田丸』の本編の最終回の日でした。そこで、せっかくの大阪滞在なので、帰る日の日曜の朝から真田信繁(幸村)ゆかりの地へ足を延ばしてみました。

淀屋橋の宿泊先をチェックアウトして、まずは「真田丸」を目指します。
地下鉄御堂筋線で2駅の心斎橋駅へ向かい、ここで長堀鶴見緑地線に乗り換えます。
この長堀鶴見緑地線はリニアモーターミニ地下鉄。今では東京の都営大江戸線など徐々に増えてきていますが、実は日本で最初に開業したリニア地下鉄です。乗換え時間をあわせて25分程度で、真田丸跡地の最寄り駅:玉造駅に到着です。

駅の1番出口を出たところは空堀町(からぼりちょう)。少し西に向かって長堀通りを歩くのですが、その先には清水谷町もあり、まさに歴史がそのまま町名に残る一帯です。

暖かな日差しの中、NHK:「ブラタモリ」のように周囲をグルっと歩きながら、明星高校の南側の高台から真田丸跡地へ。最終回当日ということもあり、午前中でしたが観光客の姿がここそこに。(私もですが。)

新たに建てられた顕彰碑
真田丸顕彰碑

後方の校舎には、武者姿のイラストが施されています。
明星高校

そこから北に坂を少し下がったところにある心眼寺には、この画を見るように像が立ちます。
心眼寺前1

心眼寺には石碑が立っています。その脇の塀には、大阪市教育委員会が作った銘鈑も。
心眼寺前2 真田丸解説版


引続き、散歩がてら玉造駅に向かいます。
今度はJR大阪環状線で天王寺へ行き、真田信繁(幸村)終焉の地:安居神社を訪ねます。

玉造駅に来たところでホームに入ってきた外回り電車は何とも派手な103系。
「OSAKA POWER LOOP」と名付けられたイベント列車です。
OSAKA POWER LOOP1

OSAKA POWER LOOP2

天王寺の1つ前の寺田町駅で途中下車。
寺田町 旧駅名板

この駅名標は、現在進行中の「大阪環状線改造プロジェクト」で改修工事をしていたところ見つかったもので、1932年の開業当時に設置されたものらしく、一部の復元を行なった上で今年の5月末からこのように保存された形で公開されているものです。

そして、次の電車を待つ間に内回り線に来たオレンジバーミリオンの201系を。
201系

天王寺の駅前。
以前からある動物園だけでなく、最高層建築である「あべのハルカス」がそびえます。
その駅前から環状線の内側に向かって谷町筋を歩きます。
動物園のある天王寺公園は茶臼山町にありますが、安居神社はその北側。
ここでもグルっとブラタモリのように周囲を周って向かいます。

駅から見て安居神社の裏:北側には「天神坂」という雰囲気の良い坂があります。
天神坂

安居神社 天神坂口 安居神社 幟

境内に入ると、観光客で記念碑の前は人だかり。大変な人気です。
真田信繁(幸村)終焉の地1

真田信繁(幸村)終焉の地2 真田信繁(幸村)終焉の地3

境内の西側にある大鳥居から見た安居神社です。
安居神社 境内入口

今年最後の旅は、こんな散策でした。
地下鉄谷町線で東梅田へ向かい、梅田阪急で高級ポッキーの「バトンドール」をお土産に。

 (京都より東にはお店はありません。)


そして、新大阪で遅い昼食を取って、新幹線に乗ったのでした。


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Date: 2016.12.30 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 京都鉄道博物館に行ってきました!

谷山浩子さんの神戸でのソロライブの翌日、あまり長時間の滞在はできなかったのですが、予てから訪問したかった京都鉄道博物館へ行ってきました。

大阪の淀屋橋で1泊し、少しゆっくりめに日曜の朝を過ごします。
9:45にチェックアウト。地下鉄御堂筋線に1駅だけ乗って梅田駅で降り、京都へ向かいます。JR大阪駅に入ると大変混みようで、東海道線の上りホームは新快速を待つ乗客の長い列がドア毎にありました。もちろん、京都までの移動は立ったままになるのが一目瞭然でした。外国人旅行客がかなり目立ち、ホームでは東南アジア系の方に、車内ではアメリカ人に「この電車は京都に行きますか?」と尋ねられ、観光都市:古都京都の存在感を実感します。

10:00発の長浜行の新快速に乗り、約30分で京都に到着です。
今年は仕事で京都へ毎月来ていますが、平日と違い、やはり休日は大変な混雑です。
中央口へ出て、京都鉄道博物館のある梅小路公園へ線路沿いを西に向かって歩きます。この日は晴れて暖かな日だったので、この移動だけでもかなり汗をかきました。およそ15分、1kmほど歩くと梅小路公園があるのですが、その手前でも遠くに汽笛が聞こえてきます。博物館の敷地内で運行している「SLスチーム号」です。高めに抜ける音色だったので、少なくとも大型蒸機ではないことはわかりました。

公園に入ってすぐの場所にSLスチーム号の構内運転の折返し場があります。ちょうど列車がやってきたところで、客車を見ると体験乗車の子供たちでいっぱいです。折返し場までは推進運転(後退)なので、最後尾にいる蒸気機関車を見たところ、大正生まれの古参:「8620型」(愛称:ハチロク)です。汽笛は切なく、スピード感もあまり感じられない音がするので、まだまだ時間の進むのが遅かった時代を映しているような印象を持ちます。

スチーム号折返し場所

SLの写真はあとで博物館に入ってからゆっくり撮ることにして、同じ公園内にある「市電ひろば」へ先に向かいます。

市電ひろば2

市電ひろば1

木々の間を抜けて北側の開けた方に行くと、屋根のかかったエリアに4両の旧京都市電が置いてありました。時代ごとに少しずつ塗色が違います。4両のうち、1両はお土産物店、もう1両は飲食物を売る売店になっていて、残りの2両が休憩用に車内が開放されていました。ちなみに、この広場の東側に京都水族館があります。

市電ひろば3

市電ひろば5

(私はこのカラーリングの記憶が強いですね。)

市電ひろば4

この市電ひろばの脇に「電停」があります。
トロリーポールの時代の市電を公園内に走らせています。さすがに架線はなく、この電車は大型のリチウムイオン電池を電源に走っています。

旧型市電

ここから再び西に向かって、京都鉄道博物館の入口へと向かいます。
広場では子供たちのイベントをやっていて賑やかでしたが、その広場にも旧京都市電の電車が1両置いてありました。
JR山陰本線(嵯峨野線)の高架が掛かるところに表示があり、その奥の左手の建物が博物館の入口です。右手は路線バスの発着場になっています。

京都鉄道博物館の前

今回は内容をつぶさに見れるほどの時間はないので、展示物の詳細を見るのは次回の楽しみにまわし、今回は全体構成を確認することを主眼にして見学していきたいと思っています。

券売機で入場券を買って中に入ると、「プロムナード」と呼ばれるエリア。
すぐに置いてあるのが新幹線の「0系」です。

0系

ここの展示が奮っているのは、ホームを模したデッキから見学する形なのですが、連結状態で置いてあるので現役さながらに見ることが出来ます。0系は(先頭から)普通車+グリーン車+食堂車+展示車の4両編成で、最後部の先頭車両では運転台の開放が行なわれています。やはり、子供連れの長い行列が出来ていました。

このプロムナードには、その他にも「80系電車」の初期型や「貴賓車」(マロネフ59)などの展示もありますが、時間帯もあってか盛況だったのは20系客車の「食堂車」(ナシ20)でした。中が食堂として実際に使われている為、気分を味わおうということでしょうか。こちらにも長い列がありました。

この一画に日本の通勤電車の「顔」というべき、一大派閥であった「103系」も保存されています。(クハ103-1)

クハ103-1

JR西日本で晩年を迎えた為、戸袋窓が埋められたり関西仕様に改造された姿になっていますが、「国電」と言われるとこの電車の姿が浮かびます。

プロムナードを抜けると本館がありますが、そちらには入らずに左手にある「トワイライトプラザ」というエリアに行きます。ここは夜行列車をイメージした展示になっていて、ホームの左側に旧型電機のEF58と寝台車(24系24形)が置いてあります。

EF58-150

右側に『トワイライトエクスプレス』の機関車(EF81)と客車(24系25形)が置いてあります。特にトワイライトエクスプレスの車両群は引退から日も浅いので、来館客の話に耳を傾けると身近な印象を持っているようでした。

ここで本館に入ります。
トワイライトプラザ脇の小さな通用口から入ると、「車両工場」というコーナー。
ここに敷かれた線路は実際のJRの営業線まで繋がっていて、搬出口を介して展示車両の入換えが出来るようになっています。屋根の高さまで昇れる通路が設けてあり、なかなか間近に見ることの出来ない屋根上を細かく見ることが出来ます。

本館を入口側に向かって奥から進んでいきますが、「車両工場」の隣には「車両のしくみ」と「鉄道の施設」のコーナーがあります。「鉄道の施設」のコーナーは、踏切やホームにある非常ボタンが押せる体験が出来るようになっていて、安全教育としての側面も果たしています。一方、「車両のしくみ」のコーナーは、ディーゼル機関車(DD51)と電気機関車(EF66)の置かれた線路の下にピット(潜れる空間)が作られており、普段は見ることのない真下からの構造がわかるようになっています。

その隣から本館入口にかけてのコーナーが「鉄道のあゆみ」という歴史コーナーです。
ボード解説が中心ですが、面白い企画なのは「昭和の駅」という展示です。昭和期の駅の姿、切符売り場や木枠の改札口などが再現され、そのホームにディーゼル特急の80系(キハ81)が置いてあるのですが、駅前には駄菓子屋に赤電話、軽3輪のミゼットが停まっている凝りようです。まさに「三丁目の夕日」の時代の地方駅の姿です。

昭和の駅

もう1つ、ファンの心をくすぐってくれるのが、日本が初めて国産した電気機関車(EF52)の展示です。この機関車は“旧型電機”の特徴であるデッキ(先台車)が付いているのですが、その上に上がれるような形でスロープが設けられています。もちろん運転室も覗けます。

EF52

そして、本館入口の前にあるのが、エポックメイキングとなった3つの特急電車。
485系(・489系)、581系、新幹線500系の先頭車がカーペット敷きのフロアに展示されています。

581系・489系

日本中を走り回った昭和の特急電車たち。
最後の活躍を見せていますが、ここでは国鉄特急色の展示です。
右手の「クハ489-1」は、485系の系列で信越本線の横川・軽井沢間の急勾配を電気機関車と協調して走行できるようにしたタイプの先頭車。上野と北陸を結んでいた特急「白山」に使用されてきた為、機関車とつながる反対側の先頭車(クハ489-501)は、石川県小松市の小松駅近くの広場に保存されています。
見学していた女性が 『やっぱり「特急」っていうと、この色のイメージよね。』 という声を聞きましたが、やはり標準色として長く使ってきたので、そう感じるのも自然ですね。

左手は、日本最初の寝台特急電車だった581系。
581系(・583系)は、寝台列車だけでなく、昼間は普通の特急電車としても使用されました。ここでは真ん中の通路を挟んで、片側が昼間の座席状態で、もう片方が夜行の寝台を組んだ状態になっており、その差が一目瞭然。車両の特性をしっかり伝えられる良い展示になっています。

そして、新幹線500系。

500系

まだ本線上を走っているものもありますから現役ですね。
『これぞ、弾丸列車!』 時速300kmの世界を得るにふさわしいすばらしいデザインです。
以前、仕事で九州に行く折、この列車の1号車1番という席にあたったことがありますが、ご覧のとおり、細長くするために客席部から屋根が下がり始めています。ハッキリ言って頭の空間が狭く、乗客よりもデザインを優先したような車両です。(笑) でも、その代わり、新幹線の先頭車が時速300kmで走る時に風を切る音(空気を裂く音)が聴ける席でもあります。
現在は「500系 エヴァンゲリオン プロジェクト」として特別塗色&内装を施した車両が新大阪・博多間を運行中です。あまりの人気ぶりに2018年まで長期延長が決まったようですね。


本館入口前にあるエスカレーターで2階に上がります。

上がるとすぐ目の前にあるのが、「鉄道ジオラマ」。“16番”と言われる1/80サイズのもの。
ちょうど運転会の間だったので車両は走っていませんでしたが、線路構成と使用している車両を見てきました。やはりJR西日本の博物館なので、新幹線の走行がメインになっているようです。この辺りは大宮にある「鉄道博物館」とは違った印象になります。ただ、ここは近隣の私鉄(阪急・京阪・近鉄・名鉄)の車両も走らせているようなので、この辺りは個性的です。

ジオラマの奥には「生活と鉄道」というコーナーがあります。
近づいていくと自動券売機が見えます。そして、自動改札機もあり、いかにも駅の改札口の雰囲気です。自動券売機には長い列があって、「奥に何か特別なコーナーでも設けられているのかな」と脇を通り過ぎようとした時、壁に貼られた紙の掲示に目が停まりました。その紙には

『切符の発券体験が出来ます。切符は改札でそのまま使用できます。』

こんな文面だったように思いますが、これが今回の博物館見学での最大の驚きでした。
“切符の発券体験”・・・・私たちの世代では信じられないことです。気づけば、多くの幼児連れのグループが並んでしました。

きっぷうりば

すごい時代になったのですね。これを博物館で体験教育するなんて想像しませんでした。
確かに、今の交通機関はICカードを機械にかざせば乗れると子供たちが思ってもおかしくはなく、「お金」と結びつかなくなってしまうような側面はありますね。お金と交換する「切符」という存在を理解してもらって、それが電子化されたのがICカードだと教えないといけないのですから、確かに親御さんは真剣にやっています。

この光景を遠巻きに見て、自動改札の裏手に回ると、切符売り場の中にある切符の予約システム(マルス)の端末機が時代ごとに並んでいたり、新幹線などの列車運行集中制御システムの巨大な路線図などが展示してあります。実際に走っている列車が表示されているので、新幹線の速さも改めて実感できます。

その先のコーナーは「企画展示室」になっています。
現在展示中の企画展は 『The Sleeper Train ~寝台列車の軌跡~』 (~2017/1/31)

企画展

ブルートレインが全て廃止され、寝台列車も移動目的からリゾート・レジャーへ役割が変化してきた時代の流れを解説しています。入口からして夜汽車の雰囲気がいっぱいの展示になっていますよ。

そこから先に進むと「運転シミュレーター」のコーナーです。
大変な人気なので抽選をして当たった方だけが参加できるアトラクションになっています。次回来る時は応募してみたいと思います。(笑)

簡単な操作で模型の電車が動くので子供たちで大人気の「運行のしくみ」のコーナーを抜けて、エスカレーターで3階へ上がります。ここは遠足で来る生徒たちの研修室や屋上へ抜ける通路があり、写真がいっぱい飾ってあります。今日は晴れて暑い日なので、屋上で少し一服します。非常に景色がよく、屋上の展望デッキからは京都駅方面がこんな感じに見えます。

(右手に当時の五重塔、左手に京都タワーで挟まれた画角で写してみました。)
屋上より京都駅方面

展望デッキの脇の階段を降りてくると、館内レストラン。2階の一番奥にあります。
そして、その脇に「SL第2検修庫」への連絡デッキがあります。
ここからはSLの展示です。デッキを渡るとプンと石炭の燃える独特の匂いがしています。右側に「SL第2検修庫」があり、そのデッキから庫内を上から見学できます。中には明治期にアメリカから輸入されたSL:国鉄7100形の7105号機-『義經』と、本線運転が再びできるように復元中のD51形200号機の後半分が入っていました。

(ガラス越しなので、こんな写り方ですが。)
義經

D51-200テンダー

博物館内のみとはいえ、明治期のSLが動くというのも素晴らしいですね。

SL第2検修庫の反対側には、前身の「梅小路機関車館」の中心だった扇形庫があります。
本線運転ができるC56だけが庫外に出ていましたが、ズラッと並んだ大型のSLの迫力はいつみても良いものです。

C56・扇形庫

地上に降りるべくデッキの先の階段に行ったところ、右側にある第2検修庫にいるD51には火が入っていて煙突から煙がたなびいています。どうやら石炭の燃える匂いの元はこれだったようです。その先には、C62形の2号機“スワローエンゼル”が休んでいます。

D51-200前方

C62-2後方

階段の正面には「SLスチーム号」の体験乗車の駅があります。ちょうどハチロクが運転中だったので、今回は動画で撮ってみました。

(30秒過ぎに最初に汽笛が聞こえます。)


待っていたところ、今回は給水を行なうとの場内アナウンスがあり、客車から切り離して転車台を使う展示も見せてくれるようなので、その模様も動画に収めてみました。



作業が終了して扇形庫の見学に行けるようになり、11年ぶりに庫内を見学します。
SLが機関庫にぎっしり入ってしまったので、かえって撮影がしにくくなっていて、その点は残念でした。(ちなみに、このブログの「プロフィール欄」に使っている画像は、2005年10月27日に訪れた際に庫内で撮影したD51形1号機です。)

C56-160形式写真

C56-160後方・運転台

最後に庫外にいたC56の写真を撮影して館内見学を終えました。
出口は移築した旧:二条駅舎になっているのですが、この中がミュージアムショップになっていて、入館者でない一般の方々も入れる施設になっています。お土産物コーナーは大混雑でした

結局、今回は展示している掲示板、アトラクション、食堂利用など全くせずに見て回るだけで2時間かかりました。やはり1日過ごせるボリュームなので、また時間を見つけてゆっくり見学に来たいと思います。

帰りは、タイミングよく京都駅行きの路線バスが来たので、乗ってしまいました。
京都駅に戻り、八条口のレストラン街で遅めのランチ。その後、新幹線に乗って戻ってきました。
これでライブ参加+観光の「秋の遠足」は終了です。


Date: 2016.10.22 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 高野山へ行ってきました!

忙しさにかまけて更新がまだご無沙汰になってしまいました。
年末年始は少し時間を取ることが出来るので、溜まった話題をUPしていきたいと思います。

10月末のことでしたが、家族旅行で和歌山県にある高野山へ行ってきました。
もちろん新幹線+大阪市営地下鉄+南海電車で。
そんな訳で鉄分少な目の2泊3日の旅日記です。

高野山を訪ねた感想ですが、“大人の旅行”には実に向いているところでした。
時間の流れ方や生活リズムが世俗と全く違うんですね。それが肌で感じられて。
予備知識なしに訪問しましたが、予想していたよりもずーっと良かったです。

木曜日の朝7時過ぎの新幹線で新大阪に向かい、新大阪で地下鉄御堂筋線に乗り換えて、南海のなんば駅まで。久しぶりに東海道新幹線に乗ったのですが、N700A系には些か呆れました。明らかに以前よりスピードが上がっているのに、バラスト敷きの軌道なのに全然揺れないということに感心しました。

なんば駅から霊場:高野山の入口である極楽橋駅へ南海電気鉄道で向かいます。
改札口を通って高野線ホームに向かうと既にこうや号は入線していました。

〔30000系〕
南海こうや号@なんば駅

途中から山岳路線になるので、短めの17m級の車両の4両編成です。
乗車すると、すぐの発車です。大阪の下町風情が感じられるエリアをゆっくり走ります。
 『皆さま、○○に着きます。』
という関東では聴かないちょっとユニークな車内放送にも面白さを感じつつ、特急と言いながら全然速くないスピードで大阪平野の景色を見ながら進み、近鉄との接続駅の河内長野駅までは大阪のベッドタウンのような光景が続きます。
河内長野に近づくにつれて土地の起伏が出てきます。1つ前の千代田駅には南海の車両工場がありますが、河内長野駅よりも一段高い場所にあるようですね。

河内長野駅からは“峠越え路線”に変化します。
山肌が新興住宅街になっているような車窓ですが、右に左にカーブを取りながらも電車は軽やかに駆け上っていきます。そして紀見峠をトンネルで越えて奈良県に入ると橋本駅に向かって一気の下り。途中の御幸辻駅でもう1つの高野線の車庫がありました。橋本駅までは通常サイズの20m級の電車が走っています。ここまでなんば駅からわずか40kmくらいでしょうか。景色の変化が激しいので車窓を眺めていても全然飽きません。

橋本駅からは「まさに登山電車」というのにふさわしい、急勾配・急カーブが続く山岳路線に性格が一変します。
時期的に柿の木が実を着けていて、その色のおかげで沿線に柿の木が多いことがわかります。奈良県産・和歌山県産の表示が付いた柿をスーパーで見掛けることが多いのもよくわかりました。
九度山駅を過ぎると谷間の斜面を走るようになります。ものすごく深い谷と川面を下に、そして緑の木々が山の上まで続くすばらしい景色を見ながら、という景色が続いていきます。
時速20~30kmくらいで車輪のきしむ音を聴きながら谷の奥へ奥へと進み、橋本からの距離の割に大変長い時間を掛けて終点の極楽橋駅に到着しました。
この駅は、昔から秘境駅のような扱いで取り上げられることも多かったようで、とにかく高野山へのケーブルカーへの乗換え以外で降りるお客さんがほとんどいない駅です。今回初めて降りてみて一番の驚きだったのは、そのわずかな方しか利用しないであろう外への改札口が自動改札機だったこと。それを除けば、実に鄙びた感じの良い駅です。

極楽橋駅②

極楽橋駅④
〔30000系と31000系〕
極楽橋駅③

極楽橋駅①

ここからはケーブルカーで一気に山へ上がります。
しかし、これがとんでもない傾斜のケーブルカー!
写真ではなかなか角度がわかりにくいと思いますが、往路・復路で撮影した写真を全部並べるとこんな感じです。

高野山ケーブルカー

高野山ケーブルカー②

高野山ケーブルカー③

極楽橋駅⑨
〔ホームの屋根の隙間から見えるケーブルカー〕

乗車してみると、その勾配のすごさに改めて驚きます。
出発してすぐの沢に『標高634m 東京スカイツリー』の高さを表示するポイントがあったりして、870mほどの終点まで300m以上を上がることを実感させてくれるような趣向もあって面白いです。

終点の高野山駅は街へ入るバスへの乗換駅です。
駅前のロータリーにはバスが多く並んでいて街へのピストン運行をしています。
この駅前からバス専用道で高野山の町へは10分弱の道のりでした。

今回の高野山での宿泊には「宿坊」を利用しています。
この町には観光ホテルはないので、お参りに来られた方々を受け入れる為にお寺が宿を提供しています。いろいろなタイプのものがありますから、もしいらっしゃる方はしっかり下調べをした方が良いと思いますが、いずれにしてもお寺に泊まる訳ですから、朝はしっかり6時半から“お勤め”があります。食べ物はもちろん精進料理ですから、肉や魚は出てきません。大変ヘルシーなお食事が頂けます。観光バスのツアーで来られた方は近くの龍神温泉や、もう少し足を延ばして南紀白浜あたりに宿を取られていたようですね。

季節はちょうど紅葉が始まって、ほどほど色づいた頃。あと10日も遅いと紅葉見物の観光客で大変な混雑になるそうで、訪ねた時期は良かったようです。到着したのがちょうどお昼時だったので、宿坊に荷物を置き、お坊さんの町の中の生活について情報を教えてもらってこの寺町の見学に出掛けました。お寺を出ると飲食店はどこも混雑していたので、後回しにして壇上伽藍の見学に行きました。

〔壇上伽藍〕
壇上伽藍①

壇上伽藍②

壇上伽藍③

壇上伽藍④

ひと通り見終わって3時過ぎくらいだったので、遅いお昼にしようと思ったら、飲食店はどこも既にクローズ! ランチタイムしか営業しない飲食店ばかりで、この町の経済がどんな成り立ちになっているか実感します。それと木曜日に定休日を置いているお店も多いようですね。
そんな訳でお昼を食べ損ねて、お土産屋さんで売っていたお饅頭でお腹を持たせたうえで、今度は高野山の中心である金剛峰寺の見学に行きました。

〔金剛峰寺〕
金剛峰寺①

金剛峰寺②

中のお庭はちょうど木々が色付き始めた感じで風情があってよかったです。

金剛峰寺④

金剛峰寺⑤

この金剛峰寺を見終わったのが午後5時くらいだったのですが、寺を出てくると町内のお店がどんどん閉店しています。
多くのお寺が拝観は5時半で終了となっているのですが、周囲の町自体も同じリズムで夜になっていきます。街にはコンビニもない(国道から来る入口近くにあるファミマくらい)ので、後は宿坊に戻って晩ご飯を頂くしか過ごし方がなくなるようです。これもまた大変健康的な生活に繋がっていきます。


翌日は弘法大師(空海)が永遠の修行中である奥之院へ。
午前中の半日をかけて見学です。
奥之院といっても高野山の町はフラットです。標高900m弱のところに縦:約5km、幅:約1kmの平地があって、そこに大小50以上のお寺が広がっています。
奥之院へ続く参道は戦国武将の供養塔がたくさん並んでいることで有名ですが、江戸時代の大名のお墓がどれも大変大きくて重厚感がたっぷりでした。この参道には日本の有名企業の従業員供養塔も数多くあり、それを見ながら歩くのも面白かったです。やはり大阪に本社のある企業が多いですが、自分の以前の勤め先のものがあるとは知らなかったので、それには驚きました。また、阪神・淡路、東日本の震災供養塔はいずれも立派なものでした。

〔奥之院〕
奥之院②

前日の反省もあって、お昼少し前に宿坊に戻る途中で食事を摂りました。
宿坊に一旦戻ってから、午後は博物館見学に出ました。
国宝・重要文化財などがたくさん並んでいましたが、「何故、これが国宝で、あれが重文か?」というのが伝わってくるものはありますね。

最終日は、高野山を下って、奈良:法隆寺と京都:平等院を巡って帰路に着く工程。
路線バス・ケーブルカーと乗り継いで極楽橋駅に着くと、往路と違う観光電車がいました。

極楽橋駅⑤

極楽橋駅⑧
〔極楽橋駅はこんな山奥の突き当たり。右上に標高が300m上がった先が高野山〕

極楽橋駅⑩

こんな形で極楽橋駅を離れ、特急こうや号で大阪環状線と乗り換えられる新今宮駅へ。そこからは大和路快速に乗って関西本線の法隆寺駅に向かいました。法隆寺駅からは路線バスで向かいます。

中学の修学旅行で来て以来の奈良・法隆寺、そして京都・平等院ですが、既に30年を経過し、またどちら寺院も世界遺産に登録されているので、大人の眼で見ると感じ方にどんな変化があるか興味もありました。

〔法隆寺〕
法隆寺①

法隆寺③

法隆寺⑥

法隆寺⑦

ハッキリ言って、法隆寺はつまらなかったです。
なんの営業努力も感じられませんでした。放っておいてもお客さんは来る場所らしさが出ていた感じ。お土産コーナーの写真は既に色褪せ、長いこと更新・改訂していないと言っているも同じようなものでした。
確かに宝物殿の国宝の数々は素晴らしいものでしたが、観光地として見た場合には些かガッカリでした。
唯一の救いは、正門前にあるお食事処の方々が大変親切で、食事をしたお客さんが大きな荷物を持っていると、見学している間は預かってくれることでした。お寺は努力せず、周りは努力しているという感じがしました。

法隆寺駅に戻り、今度は奈良を経由して奈良線の宇治へと向かいます。
土曜日の午後でしたが、電車は比較的空いていて移動はしやすかったです。
宇治駅から歩いて平等院までは数分で行ける距離です。ちょうどイベントをやっていて露店が出ていて賑やかな町の景色でした。駅からお寺までの参道も賑やかで、場所柄もあって宇治茶を前面に出したものが多かったです。

〔平等院〕
平等院鳳凰堂①
 ・・・逆光でスマホのカメラでは、これが限界・・・

平等院鳳凰堂②
 ・・・鳳凰堂をこんな感じで・・・

平等院鳳凰堂⑤
 ・・・これはお約束。一対の鳳凰・・・

観光という観点でいえば、平等院の圧勝です!
「とにかく、鳳凰堂しかない」というのを逆手に取って、見学コースからお土産に至るまでの一連の流れが入門する前からしっかり出来上がっている感じです。スイーツを食べながらの参道のそぞろ歩きもセットで考えると、「観光地」らしい町づくり・雰囲気づくりがされていて、規模が小さく短時間で見学できる割に充実感は高めでした。ここはまた来ても良いかな、と思える楽しさがありました。

そんな訳で夕暮れ時に宇治から京都駅に向かいます。
奈良線の電車は、関東では既に走っていない103系。
高校生の時に山手線で通っていたので、この色は久しぶりで懐かしいですね。

〔@京都駅〕
奈良線103系
 ・・・大混雑の駅で撮ったので、ブレてしまった・・・

家族旅行だったので旅程を自分で組んでいないので趣味性はあまり強くないですが、久しぶりの鉄旅でした。


Date: 2015.12.28 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ④


最終日:11月2日の札幌は、あいにく朝から雨模様。
強くはないものの、しっかり濡れる程度の降り方で傘は必要な状態でした。
天気予報でも帰り道にあたるエリアはどこも☁か☂の印で、お土産を買いつつの道中はなかなか大変になりそうな予感がありました。
そんな朝のニュースでは「北海道新幹線のレール締結式が昨日:11月1日に行なわれた」という話題も流れていて、タイムリーなタイミングで来たのを実感します。

ホテルを7時半にチェックアウト。地下鉄でススキノから札幌駅まで向かいます。
日曜日、しかも3連休の中日の朝ということで電車は空いていました。

札幌駅では、前夜の晩ごはんで入った店の店員さんが『北海道のお土産を買うなら、ここは大変便利』と教えてくれて、地元でも話題になっているという『北海道四季彩館』(札幌西店)へ行きました。お店自体は実はキヨスクの店舗なのですが、コンコースの中にあって乗車前の時間を有効に使えるうえ、朝早くから営業してくれているので確かに重宝します。
勤務先の同僚へのお土産を物色していくつかお菓子を購入しました。(あまりに定番すぎるので、「白い恋人」は買いませんでした。(笑))


荷物を小さくすべく背負っているバッグにお土産を詰め替えて、いよいよ改札内へ。
今日はこれから出発までの時間を使って、まずは昨日は小樽で撮影した「SLニセコ」の札幌駅での姿を収める為です。
しかし、ここでトラブル発生!
改札に入ってから、荷物を詰め替えたところに傘を置き忘れたことに気づきます。
今更戻っても仕方がないので、そこは思い切りよく断念し、そのままホームへと上がります。

札幌駅でのSLニセコの出発ホームが、これから乗車しようとしている列車の隣のホームだったこともあり、出発前の時間帯は撮影にちょうどよく使えます。既に「SLニセコ」は入線していて、この日を含めてあと2回しかない運転の光景を思い思いに撮影していました。
C11@札幌

SLニセコは、昨日も書いた通り、札幌を発つ時はディーゼル機関車が先頭になって牽引されて小樽まで向かう為、下の写真のような編成になっています。些か興醒めなところがありますが、都市部のダイヤにあわせて走るには致し方ないところもあるのでしょう。
SLニセコ@札幌①

そんな中に混じって撮影をしていたところ、札幌駅の独特の構造に気づきました。
機関車あたりの天井が一段高くなって、そこに「換気口」が付いていて、あたかも昔のSL機関庫のような構造になっているのです。(上の写真の煙がたなびいているちょうど上の部分です。)
これは北海道がまだ電化されていない区間が多く、札幌駅にも煙の出るディーゼル機関車が牽く列車が多く出入りしていることとも影響していそうですね。現時点でも「北斗星」・「カシオペア」、大阪と結ぶ「トワイライトエクスプレス」もそういった類の列車です。
また、雪害を考慮して全面的に屋根に覆われてしまっていて、ホーム階はかなり暗いこともあって、これまたスマホのカメラでの撮影には辛いところでした。

SLニセコ@札幌②


さて、今日はここ札幌から再び陸路で東京を目指します。

乗車したのは、函館へ向かう特急:「北斗6号」です。
特急券-北斗6号

8:34に発つ列車が既に「6号」(3本目)なので、いかに遠くへ行くのかが逆に伝わってきます。
列車は雨模様の札幌を定刻に出発。座席はかなりしっかり埋まった状態で、連休中の遠出をされる姿の方々がやはり多かったようです。

千歳空港が右手に見えるところで「トワイライトエクスプレス」の札幌行とすれ違います。来年3月には廃止になってしまうので、出来れば何とか乗車してみたい列車です。そして、2日前に夕張に向かう為に「北斗星」を降りた苫小牧を過ぎると、海沿いに出ます。この日はやはり雨だったこともあり、海は少し波立っているようで往路とは違う太平洋の姿を見ることが出来ました。

既にお気づきかもしれませんが、この列車を降りる駅は約3時間後に到着する「森」です。
往路と同じく、噴火湾(内浦湾)を眺めながら、途中の長万部の手前にある“秘境駅”:「小幌駅」を通過しながら、列車は森駅に到着します。

森駅。
駅名で言われてピンとはこなくても、ここの「駅弁」はご存知の方も多いでしょう。
「駅弁大会」や「北海道物産展」での超定番商品:「いかめし」です。
いかめし

これが「いかめし」の森駅の構内です。こんな小さな駅です。
でも「北斗星」を始めとする特急が停車するこのエリアの代表駅。
森駅の構内

駅の東側はすぐに岸壁になっていて、カモメが休んでいたりする長閑で静かな駅です。
(画像上、小さくなっちゃっていますが。)
森駅のカモメ

ここは非電化区間なので本当に北海道らしい駅の作りになっていて、出発信号機が橋上に並ぶ光景を見ることが出来ます。 (※札幌方を望む。)
森駅-出発信号機

写真に収めていないのですが、北海道の信号機には本州であまり見掛けないような「着雪対策」が様々に施されていて、“雪国の工夫”が見てとれます。

そんな写真を撮っていると、これから乗る上りの普通列車が札幌方面から来ました。
普通列車@森駅

今日はこれから函館本線の南部にある「2つめのルート」のを巡っていく旅です。
1つは森~大沼までの「砂原支線」。もう1つは、下り列車が通る「藤城支線」ではなく、上り列車が通る「本線」を通って函館に向かう訳です。その途中には、いま話題のスポットがあります。ここは意図的にスケジュールしないとうまく乗ることが出来ないこともあり、今回は往路の寝台特急では通らなかった経路を通る普通列車がちょうど接続よくあったので、この森駅で乗り換えることにした訳です。

砂原支線は、優等列車のうち、寝台特急:「トワイライトエクスプレス」と寝台急行:「はまなす」だけは通るようですが、「駒ケ岳」という富士山の形によく似た円錐形の活火山の周囲を取り巻くように海沿いを走る路線です。森~大沼の間はこの駒ケ岳を右回り・左回りするルートで2つに分かれている訳です。
ノンビリ走るディーゼルカーに乗り、砂原支線に入るとすぐに東森駅に着きます。まだ街中にある為、周囲にも民家が多くあるところですが、駅舎は何ともかわいらしい形をしています。
砂原支線-東森駅 駅舎

小雨模様が続く中、私の席の隣のボックスシートには旅の途中のご夫婦が。
I-PHONEを片手に撮影しながら景色を楽しんでいたようですが、どうやら奥様が「鉄子」の雰囲気でしたね。席を右に左に替えながらの乗車でした。また、お昼時だったこともあって地元の方々も比較的乗車されていて、高校生からお年寄りまで区間乗車も多くありましたね。

海沿いと言っても山を取り巻くように走る関係上、徐々に標高が上がっていき、山を半周近く周って大沼に向かう為に西向きの進路になる頃には結構な高さまで上るルートになっています。
大沼公園の湿地帯や沼が見え始めると、右手から森駅で別れた本線が合流してきて大沼駅に着きます。ここは観光地にある駅なので多少は賑やかですね。

次に、ここからがもう1つのルート、大沼~七飯の「本線」を進みます。

この間には下り列車(札幌行)の場合に急勾配の登り坂があり、重量級の列車だと障害になる為、回避した支線が設けられています。その昔は、下りが支線経由、上りは本線経由という振分けになっていました。最近では車両性能の向上もあって普通列車やディーゼル特急はそのルート選択に必ずしもなっていませんが、寝台列車や貨物列車はその例にならっています。この為、この区間は上り列車の方が乗る機会に恵まれやすいのですね。実際、七飯駅も大沼駅もそれぞれ下り列車の側が本線を跨いだり潜ったりする形態で分かれていく設計になっていたので、運用を前提にした配線になっていることが乗っていてもよくわかります。

その問題の急勾配は仁山駅を過ぎたあたりからなのですが、明らかに下っていることがわかるほどの感覚です。この下り勾配が終わるのがちょうど渡島大野駅の手前のあたりです。この下り終わりで車窓が開けると遠くに函館山も見えるようになります。


渡島大野駅。
ここを見たかったのが今日の目的の1つです。
今はただのローカル線的な無人駅。しかし、2016年には誰もが知っている駅になります。
その時の名前は、「新函館北斗駅」。
北海道新幹線の終点になるターミナル駅に変貌します。
東京駅で見ることが出来る行き先になる訳で、今回は建設状況を見たかった訳です。

左に大きく曲がりながら坂を下りきったところにある駅に入ってくると、、新しい駅舎と新ホームの建設はかなり進んでいました。
改築中の渡島大野駅① 改築中の渡島大野駅②

ご同輩と思われる方々が何人か下車しましたが、私は傘を札幌駅に置き忘れてしまったので、雨模様の渡島大野駅の散策は断念。でも、その判断が正しかったことは、駅を出発してすぐに気づきました。
渡島大野駅を出発すると、函館本線は緩く左に曲がりながら進みますが、右手の新幹線は高架になっていきます。そこから分岐する形で北海道新幹線の車両基地が建設されているまっ最中でしたが、これがとんでもなく広大です。とても歩いていろいろ見ることが出来るスケールでは既にありませんでした。
下の写真中央に横たわる建物が検車庫です。その手前にも引込線の建設中でした。
建設中の北海道新幹線の操車場

この日の朝のニュースで「北海道新幹線の車両が、函館の車両基地で公開された」という映像が流れていました。おそらくその車両が収められているのでしょうが、整備されている引込線はこの建屋の向こう側と思われ、その雰囲気は感じられませんでした。

この渡島大野駅から五稜郭駅までの交流電化工事も順調なようです。
既に架線まで引かれているところも随所にあり、2016年に向けての準備は着々です。
ちょうどこの旅日記をUPした今日、ここを走る電車の導入に関する記事が出ていましたね。
 【記事:「アクセス列車用に733系1000番台を導入」】

函館郊外のベッドタウン的な駅からの乗降客も多く、車内は結構な賑わいを見せながら、ようやく函館に着きました。時刻は13:20でした。

途中下車印を乗車券にもらって駅前に出ました。
今回の旅でもそうでしたが、夕張・札幌・小樽、そしてその移動の特急の車中、どこも中国人の観光客の方々が大変多かったですが、この函館もやはりそうでした。そんな方々も日本の観光客の皆さんも記念撮影に使っていたのがこのモニュメントでした。青函トンネルが出来る前の青函連絡船が運行していた頃の「0キロポストと駅跡」の表示です。
函館駅-モニュメント


函館は津軽海峡に面している為か、雨だけでなく、とにかく風が大変強くて寒かったです。
本当であれば、函館市電に乗って湯の山温泉に一泊して、函館観光を楽しもうかと思っていました。しかし、よりにもよって函館山のロープウェイが整備運休中とかで、十分に楽しめそうもなかったので今回は泊まらない計画になりました。

ここから乗る列車までは約2時間あったので、駅周辺を少し歩いてみて、それからお昼ごはんを食べようと決めて、とにかく駅前に出てみました。
函館朝市が駅近くにあったはずだけど・・・と思ったら、目の前にありました。
函館朝市

たしか火事で焼け落ちたハズなので、どの程度のお店があるのかと些か心配していましたが、結構な賑わいのようです。駅周辺の散策後が楽しみになりました。

駅前広場に出て、ぐるっと見回すと、目に入ったのが「青函連絡船」の記念館でした。
「摩周丸」です。
退役後にここに係留され、貨車の積載用のボーディングブリッジと共に残されています。
青函連絡船記念館-摩周丸①

煙突の側面に「JNR」(国鉄)の赤文字が見えます。
青函連絡船記念館-摩周丸②

微妙に中心から外れた位置に船は係留されていますね。
青函連絡船記念館-摩周丸③

雨で山頂が雲で霞んでいる函館山です。
摩周丸と函館山

今回は記念館:摩周丸の中には入らず、函館に次回来る時の楽しみに残しておきました。

また、駅とこの桟橋を結んでいた位置には駐車場が整備されているのですが、そこに国鉄時代の2つの象徴である「青函連絡船の碇」と「SL:D51の動輪」を飾るモニュメントがあります。
青函航路のモニュメント

その後ろの岸壁からは函館ドックを遠くに望むことが出来ました。
函館ドック

港での散歩&撮影をひとしきりした後、腹ごしらえに遅めの昼ごはんです。
しかし、この「函館朝市」でも一波乱。。。
そうです。“朝市”だということをすっかり忘れていました。ほとんどのお店が14時閉店。
おかげで市場の多くのお店はラストオーダーはとっくに終わり、閉店作業中でした。

そこで少し歩いてみたのですが、どんぶり屋さんみたいなところばかりしか開いていない。いろいろと見て悩んでみたものの、そこまでパッとするものはなく、結局、そのうちの1軒に入ってみました。「3色どんぶり」(ウニ・イクラ・ホタテ)を注文して食しましたが、大した感動もなく・・・。

そのまま近所の店で函館でのお土産を新たに仕込み、駅前を通る市電を見てきました。
NHK函館放送局の広告付の電車がちょうど来ました。
函館市電

最後に、市電の通る交差点から函館駅を眺望しました。
函館駅舎


いよいよ北海道を離れる列車に向かいます。
ところが、駅舎に入ると何やら放送がしきりに流れていて様子が変です。
よくよく聞いてみると、どうやら今度乗る列車の車両編成が予定と変わって短くなった為、指定席の振替えを行なっているから注意してほしい、と言っているようでした。

函館から乗ろうとしていたのは、この列車でした。
スーパー白鳥@函館①

この列車:「スーパー白鳥34号」が「当初は8両編成で運転の予定だったものが6両編成に変更になった」というのが放送の内容だったのです。
ふと、自分の切符を見ると・・・
特急券-スーパー白鳥

上り列車の6号車の14列目・・・「先頭車になった・・・だけでなく、その一番前の列では?」 と思い立ち、車両に向かってみると案の定、最前部の席の窓側でした。
出発まで函館の最後の撮影をパチリ。
函館駅構内 Part2

スーパー白鳥@函館②

まだ小雨模様の函館を16時前に出発して、再び青函トンネルに向かいます。
木古内を過ぎて津軽海峡線の高速軌道に入ると、往路では見ることが出来なかった線路の様子がよくわかります。既に新幹線用の線路が外側に1本足されています。しかも、それがしっかり敷かれている様子が、この140Km/hで走る列車からの流れる風景からもわかって頂けると思います。

まだ使用されていない為に赤いサビ色になっている一番下側の線路が新幹線用の標準軌の専用レールです。
青函トンネル前の3線軌条

この「スーパー白鳥」には車内情報表示盤がある為、青函トンネルに入る前から出た後まで「トンネル名」や「走行位置」の情報を提供してくれるのも、長いトンネルを飽きずに短く感じさせてくれる工夫として面白かったですよ。

青函トンネルを抜けて津軽線に入る頃にはもう外は真っ暗。雨は更に強く降っていました。
しかし、たいした遅れもなく青森駅へと走り、列車はちょうど18時に新青森駅に着きました。

新青森駅からは東北新幹線の「はやぶさ」に乗っての帰京です。
新青森から盛岡までは初めて乗ったのですが、興味深かったのは青森県内の区間乗車が多かったことでしょうか。新青森駅と八戸が短時間で結ばれるようになった訳なので、人の移動が変わるのも不思議はないのですが。。。

まぁ、その後は、“語るに及ばず”というか呆れるほどの高速運転。
盛岡で後方に「こまち」を併結してからの320Km/hでの街の灯りの飛びっぷりと言ったら、感慨も何も吹っ飛ばしてくれますね。あっという間に仙台・福島・宇都宮・大宮と来て、約3時間半で東京に着きました。


こんな3泊4日の“鉄分”満載の北海道旅行でした。
やっぱり北海道旅行は最低でも「5日間」でセットしないと、元を取って割安になる感じにはならないようです。実際、現在発売されている「フリーきっぷ」や「フリー乗車券」も、有効期間:5日以内で移動を検討すると、多くは普通に乗車券・特急券を買っていくのとほとんど変わらない内容に感じられます。そのあたりは参考にして頂くと良いかもしれません。

またどこかに出掛けたら、こんな旅日記を書いてみようと思いますね。


Date: 2014.11.21 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ③

さて、小樽に泊まった夜が明けて、11月1日(土)の朝は小樽港までのお散歩からスタート。
駅前のホテルに泊まったのですが、土曜の朝6時半の人も少ない小樽駅を見ながら、駅前の通りを港に向かって緩い坂を下っていきます。

早朝の小樽駅

その坂の途中に、北海道開拓の歴史とは切っても切れない旧:国鉄手宮線の線路がそのまま遊歩道として残っています。

旧:国鉄手宮線

手宮線モニュメント

この線路跡を犬を連れて散歩する人がいて、喉かな土曜の朝の景色でした。
その坂を下りたところにあるのが、観光写真でもお約束の小樽運河です。
小樽運河

港に着くと、駐車場に人なれしすぎの全く警戒感のかけらもないカモメが・・・
小樽港のカモメ

そんな駐車場から来た道を振り返ると、坂の上に小樽駅が見えていました。
小樽港から小樽駅を望む


さて、この3日目、11月1日の目的は2つです。
1つめはSLを撮影すること。

お散歩から戻って、天然温泉の朝風呂&朝食をゆっくり済ませ、9時過ぎにチェックアウト。
真向いの駅に向かいます。
函館本線を走る「SLニセコ」は、札幌から小樽を通って山間部の蘭越まで走る列車。
札幌から小樽までの都市部はディーゼル機関車が先導する形で運行され、小樽から先の山間部はSLが先頭になって走るという運行形態になっています。しかし、保安対応上の問題で最新の機器が載せられない為、11月3日で運転が終了することになり、今回はるばる見に来た訳です。

先行列車の遅れで到着が遅れたのですが、SLニセコは3番線に入ってきました。
2番線にはまだ札幌方面行の電車が入っていた為、撮影は出来なかったのですが、9時23分に出発してからの数分が撮影の絶好の機会になります。今回は写真だけでなく動画でも記録したので、ここではそちらで見て頂きますね。ちょうど先頭で牽いてきたディーゼル機関車が後押し役に代わる為に“機回し”をしている最中の風景です。光線の方向が悪くて露出もあっていないのですが、音も含めて雰囲気だけでも感じて頂ければと思います。


早めにポジション取りをしたものの、最前部に余計なものが入ってしまった。
SLニセコ@小樽

他の方も大勢いたので手が映り込んでしまったのはご愛嬌。
SLニセコの全景

到着番線に移動してホームの光景を少し撮ってみました。
SLニセコ-C11側面

故・石原裕次郎さんの等身大パネルなんかもあったりする3番線です。
SLニセコ-ホーム 小樽駅3番線

牽引されている客車も少し収めてきました。
SLニセコ-客車① SLニセコ-客車②

SLニセコ-サボ① SLニセコ-サボ②

オハシ47


最後に、ここから後押し役になるディーゼル機関車:DE15を記念に。
本来は雪シーズンにラッセル車(雪かき車)の機関車としての本来業務がある機関車です。
SLニセコ-DE15


こんな感じで、小樽駅構内で撮影を行なった後、次の目的地に向かう為、私は札幌へ。
逆方向に同時出発と相成りました。
それにしても南小樽~銭函までの日本海沿いを走るところは、前日は日が暮れた後の通過だったのでわからなかったのですが、右に左に海べりを走りながら、大変美しい風景が続きます。この日は海も穏やかで、車窓を眺めていても本当に気持ちよかったです。

そんな感じでわずか30分後には札幌に戻り、今度は次の目的地に向かいます。
今度は「1日に来る列車がわずか3本」という超ローカル線に乗る為です。

札幌からは特急の自由席での移動です。降りる駅は函館本線の滝川駅。
特急券-スーパーカムイ

小1時間の乗車で到着した滝川駅。
降りたらビックリ! 特急停車駅なのに、何もない。。。
なのに、駅の上空にはグライダーが低空で飛んでいるという不思議な駅でした。

滝川駅

タクシーに乗って、その超ローカルな終着駅へ向かいます。
その駅が札沼線(学園都市線)の「新十津川駅」です。ここが本日の2つ目の目的。
函館本線の滝川駅から川を挟んでタクシーで10分。わずか4Kmしか離れていない場所にあります。

着いてみると、どうも御同輩の方が・・・・スーツ姿で一生懸命に撮影されていました。
とにかく1日に3本しか列車が来ない駅です。『タクシー移動で来る人を乗せることがありますね』と運転手さんが行っていたくらいなので、こんな方が土曜の朝にいらしても不思議はありません。

それにしてもかわいらしい駅舎です。お奨めの訪問先です。
新十津川駅

駅舎の脇には、いかにも北海道らしい白樺チップの敷き詰められた簡易舗装も。
駅脇の白樺チップ舗装

駅・ホームの全像

線路の点検用の車両の停止位置が書かれたボードも線路脇にありました。
この写真の突き当たりが札沼線の線路が終わっているところです。
札沼線の行き止まり点

しばらく駅の周りを散策していると、遠くで踏切の鳴る音が。
すると、単行のディーゼルカーがやってきました。
キハ40の到着

新十津川駅-ホームにて

札沼線-サボ

さて、撮影もほどほどに車内に入り、出発を待ちます。
新十津川駅舎-車内より

この列車は途中の石狩当別駅までしか行きません。
もっとも札沼線で新十津川から札幌まで2時以上。まず端から端まで乗る人は「鉄分多めの人」しかいないでしょうね。石狩当別駅からは札幌のベッドタウンなので、いまや電化路線。同じ路線とは思えないほど、列車頻度があまりに違いすぎます。

こんな感じで車内でノンビリと外を眺めながら移動した訳ですが、外はすっかり雪支度が済んだ家々が多かったですね。道路の除雪車も整備がすっかり終わり、いまや遅しと待機中でしたし、秋の終わりを実感する光景が多かったです。


15時半の少し前に札幌駅に戻りました。
ここからホテルのチェックインまでにあるところへ地下鉄で出掛けます。
その場所がこちら。
(この写真だけでわかったら、間違いなくフリークですよ。)
平岸高台公園

平岸高台公園です。
あのHTBの『水曜どうでしょう』のオープニング&エンディングでよく使われるロケ地です。
(これが、いわゆる“聖地巡礼”ってヤツですね。)
雨が今にも降り出しそうな天気で、既に16時を過ぎてかなり暗かったのですが、そんな時間でも女子大生くらいの女性2人組が記念撮影をしていましたよ。(真ん中に小さく写っていますね。)

すぐそばに北海道テレビ放送(HTB)の社屋があり、そこには番組グッズのお土産コーナーがあります。
HTV入口

番組グッズのお土産を買いつつ、雨も降りだしたHTBを後に、ホテルのあるススキノへ。

しかし、このススキノって繁華街は実に“怪しい”感じですね。
こちらはチェックイン後にお約束の「ラーメン横丁」に晩メシをしに出掛けたくらいでしたが、夜に出歩くと“客引き”とおぼしきオジサンたちが実に多かったこと。。。

そんな繁華街のホテルへ泊って、翌:最終日に向けて休息しました。
最終日の11月2日(日曜)は7時半には出発。
そして、北海道内で“寄り道”をしながら、一路東京に向かう15時間の旅になるのです。。。


Date: 2014.11.20 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ②

寝台特急:北斗星に乗って、ひとまず青函トンネルを起きて抜けるべく、眠りについたのは宮城県の松島付近を過ぎた24時頃でした。そして2日目に入ります。

目が覚めたのはちょうど青森駅に到着する直前でした。もちろん真夜中。
駅への入線前で揺れたのが目覚まし代わりにうまくなってくれました。
青森駅は運転停車で客扱いがありませんので窓から覗いていただけですが、津軽海峡線を走る為の機関車:ED79への付替えが行なわれていて、汽笛が何度か聴こえるという風情を感じることが出来ました。

青森駅を発車すると津軽線へ入るのですが、この分岐点に広大な車両基地があります。
最近は関東地区を走っていた電車が置き換えられる際に改造対象になったものが“疎開”という形で一時保管先として鉄道ニュースでよく出てきています。
もちろん、この時も「何がいるのかな?」と見ていたところ、高崎線から引退した211系の電車がヤードの灯りに照らされて大量に留置されている光景を見ることが出来ましたよ。

深夜の津軽線を走り、蟹田を過ぎると、いよいよ津軽海峡線に分岐。揺れも少なくなり、いかにも高速新線の乗り心地に変わります。
東京近郊を走っていた時は東の空に昇っていたオリオン座が、この津軽線を走る4時過ぎには西の空に沈もうとする位置でした。「青函トンネルを抜ける頃にはおそらく夜が明けてくるのだろうな」と思いつつ、気が付くと青函トンネルに列車は入りました。青函トンネルの長さは約53kmもあり、北斗星でも通過に40分弱の時間が掛かります。

この青函トンネルの通過をロビーカーで楽しむ方々がいるハズなので、そんな様子を見にいくのも兼ねて、2度目の車内探検です。

1回目は営業中で遠慮した食堂車も無人でひっそりでした。
食堂車-1

食堂車-2

ロビーカーは、やはりほどよく酔っ払いさんがたくさんいらして、私は自動販売機で飲み物だけを買って退散してきましたが、旅の想い出づくりに賑わっていましたね。

部屋に戻るとすぐに旧:吉岡海底駅を通過。北海道にようやく入った感じがする瞬間です。
そうしてしばらくすると長いトンネルを抜けました。外は予想通りに既に明るくなっていて、北海道らしい煙突のある家々が目立ちます。
木古内駅が近くなると左手から今年廃止になった江差線の線路が合流してきます。木古内駅は既に北海道新幹線の駅も出来て架線も貼られている状態でした。

津軽海峡線は木古内~函館に掛けてはところどころで海沿いを走ります。
時刻は6時半の少し前。海峡を挟んで下北半島に陽が昇ってきたところでした。

津軽海峡の朝

朝の清々しさを伴いながら北斗星は函館に到着です。
ここで進路が反対向きになり、また電気機関車からディーゼル機関車への付替えも行なう為、少々長めの停車をします。
函館駅にて。

ED79@函館

函館駅構内

函館駅ホームにて。

そして、この函館から噴火湾(内浦湾)に沿って北斗星は走ります。
雄大な駒ケ岳を右手に見ながらしばらく走るのですが、終着駅の札幌まではまだ4時間半もかかります。この日の海はとても穏やかで凪いでいて、見上げればきれいな青空とのどかな汽車旅になりました。

青空。

大変美しい白い大きな吊り橋が架かる東室蘭を過ぎ、そして、太平洋を見ながら進んた列車は苫小牧に到着します。北斗星は札幌に向けてひた走りますが、私は今回の旅の1つめの目的地に向かう為、ここで下車しました。
今回の旅の「入り口」を楽しいものにしてくれた北斗星ともここでお別れ。
ちょうど誰も周囲にいなかったので、スマホで出発の光景を撮ってみました。



苫小牧駅では、北斗星の着いたホームの向かいにいたこのディーゼルカーへ乗換え。
室蘭本線の岩見沢行きにワンマンカーです。

苫小牧-室蘭線

単行のディーゼルカーでノンビリ走るのも気分転換には良いですね。
「北海道」から来るイメージに近い農村風景も見ながら進み、最初の大きな駅が追分駅です。
ここで今度は石勝線に乗り換えます。ちょうど特急:「スーパーとかち」が入ってきました。

追分駅

しかし、こちらはそれには乗らず、その直後の「新夕張行」のワンマンカーへ乗車します。
そう、今回の1つ目の目的地は旧:夕張線(石勝線の夕張支線)を訪ねてゆくことでした。

追分駅を出ると、石勝線の沿線風景は一変します。
まさに『ザ・北海道』という感じの巨大な酪農家や競走馬の牧場、そして丘の向こうまで続く畑・・・いずれも写真で良く見かける北海道の光景が車窓に広がります。こういう光景は函館から追分までほとんど見なかったので、あの北海道のイメージの光景は「十勝」方面の風景であることがようやく理解できました。

新夕張で更に単行に乗り換えて、ようやく第1訪問地の「夕張」へ着きました。
上野を経ってから約17時間半。さすがに身体の中が“揺れて”いる状態になっていました。

そして、この3日前に振った雪がまだあちこちに溶け切れずに残っている状況でした。
夕張駅-ホーム

夕張駅-駅名表示

夕張駅舎

財政破綻した夕張市ですが、この山間部に入ってくる沿線風景を見ていても、いかに炭鉱中心になっていたのかが今も垣間見れました。一般の住宅も昭和30年代~40年代のデザインのものが多く残り、タイムスリップした感覚もしてきます。
ただ、少し驚きだったのは、駅前にタクシーが1台もいなかったことでしょうか。市役所も近くにある駅にも係わらず、駅前にあるのは「屋台村」と「リゾートホテル」だけと、大変閑散としたものでした。

おかげで他に周ることも断念し、その屋台村で遅いブランチをしながら、新夕張の駅前にある「道の駅」でお土産物でも物色しようかと1時間後の列車で戻ることに決めました。その後、駅舎の中にある観光センターの女性と少しおしゃべりなどしながら時間を待ちましたが、やはり炭鉱が閉鎖になる度に千人単位で街から人が去ったとのことで、初代の夕張駅が移転したのも駅のある地区に住民がほとんどいなくなった為だというお話が聞けました。

夕張駅-冬支度

来た道を戻る車中、南清水沢駅で驚きのものにバッタリ。

夕鉄バス

そうです。「都営バス」です。
しっかり「夕鉄バス」に名前だけ変わってましたが、その他の見た目は都営バスのままで運行されていました。たしか破綻した折に譲渡された旧型車ですね。

そして、新夕張駅でいったん下車。
高台にある駅舎から降りたところの国道沿いにある道の駅に向かってみました。しかし、なんと、臨時休業でクローズ。完全に当てが外れてしまって、仕方なく近くのセブンイレブンでお茶を買って、駅に戻って待合室で1時間後の札幌行きの特急をノンビリ待ちました。
田舎の駅というのも独特の時間が流れるので楽しいものですね。待っている間に1台のパトカーがやってきて、「指名手配犯」のポスターを貼り換えていきましたが、駅員とのやりとりはホノボノ系でしたね。

そんな訳で、特急でいよいよ札幌へ向かいます。
新夕張駅構内

新夕張-札幌

わずか1時間の移動で札幌に到着します。
それにしても、さすがは中心地だけに東京と全然変わらない人の多さ。
この日:金曜日は小樽で宿泊の予定で、札幌の宿泊は翌:土曜日だったので、この日は札幌駅の近くを少しだけ散策してみました。まずは、お約束の「札幌時計台」へ。夕方の5時頃だったのでいくぶん照明の入った写真を撮ることが出来ました。

札幌時計台

そして、夕方の帰宅ラッシュに紛れながら小樽へ移動。
既に夜なので、駅も風情ある佇まいを見せてくれていました。
小樽駅の夜

時間帯的に観光できるところはほとんどなかったので、ホテルにチェックインした後は、軽くお散歩しました。 (旧:日本銀行 小樽支店)
旧:日銀 小樽支店

乗りつぶし中心の旅行2日目は、翌朝に小樽港の散策をすることに決めて、夜はゆっくりと休みました。

次は3日目の様子を書きたいと思います。


Date: 2014.11.19 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ①

久しぶりの鉄ネタです。
10月30日から11月2日にかけて4日間の鉄分たっぷりの旅に出ていました。
その行先は 「北海道」 です。
今回は完全な「乗り鉄」で、夜行から新幹線まで取り混ぜてやや贅沢な旅になりました。
そんな風景を4日間に分けて写真とともに書いてみたいと思います。

出発は10月30日(木)。
久しぶりに乗りたくなった夜行列車のチケットがうまく手に入ったので、会社を金曜日に休暇を取る形で旅程を組みました。

今回はスマホしか持っていかなかったので、写真はあまり良い画像で撮れなかったものが多く、そのあたりはご愛嬌ですが・・・
北斗星 13番線入線
【13番線に推進灯を点けて入線した寝台特急:北斗星(1レ)】

今回取れた車両は9号車のB寝台の個室:「ソロ」の上段の部屋でした。
北斗星のチケットとルームキー

ソロの車内
現在の「北斗星」はJR東日本・JR北海道の2社の車両の混結編成になっているのですが、この9号車はJR東日本の所有車両になります。編成中に同じB個室:「ソロ」のあるJR北海道の車両がありますが、そちらの車両の方が部屋は広い構造です。出入りには写真のような「ルームキー」でセキュリティーを確保するのですが、このキーが「持帰り可」というおみやげにもなるシステムです。

今回は一人旅ということもあり、食堂車へ行くのではなく、駅ナカのお弁当屋さんで食材をしっかり仕込んでの乗車です。
スシ24

オハネフ24

上野で皆さんの記念写真の撮影が済んだ頃にようやく出発です。
出発直後から車内放送ではあの「ハイケンスのセレナーデ♪」が流れ、車掌さんが停車駅案内などを行なっていきます。上野を発車した時点で「青函トンネルへ入る予定時間」の案内までしっかりしてくれます。
(そんな音源がYouTubeにありました。夜行列車の雰囲気だけでも如何ですか?)



カシオペアが定期点検で運休していた為か、北斗星の乗車率もかなり高かったようです。食堂車やラウンジも盛況で、結構な混雑ぶりでした。

上野を出発して大宮を過ぎた後は、お弁当を食べたり、ノンビリとベッドに寝転びながら車窓を眺めたりしていました。街の明かりが次第に減ってくるようになると、晴れていたこともあって空一面に星が出ていることにも気づきます。ちょうど東の空にオリオン座が煌めく夜空になっていました。

宇都宮を出た後は、列車の探検や車両間の内装類の差などを確認に出歩きました。私の乗った9号車はA寝台とB寝台の合造車なので、各部屋は色分けされた内装になっています。

【Bソロのエリアは明るいブラウン系】
 9号車 B寝台ソロ

【Aロイヤルのエリアは深い茶色】
 9号車 A寝台ロイヤル

そんなことをしている間に列車は早々と郡山へ到着。

郡山に停車

この後、寝台特急:「北斗星」は、福島駅へ停車した後、本州最後の停車駅である仙台駅停車して、夜のとばりの中を軽快に走っていきます。私も仙台を発車して松島付近まで車窓を眺めたら、ひと寝入りすることにしました。

そして、明け方の時間帯に入る青函トンネルへ向けて列車はひた走っていくのでした。

そんな青森駅以降の2日目の模様は、また明日にでも。。。。


Date: 2014.11.18 Category: 鉄道ネタ   

【鉄道】 「鉄道模型 保有車両紹介」 と 「撮り鉄写真館」

毎週平日の19:30頃に、趣味ネタとして鉄道関連の情報をあげていこうと思います。

ここでは、実際の鉄道に関する話題、過去(主に昭和)に撮った鉄道写真の紹介、鉄道模型(Nスケール)の保有車両の紹介etc・・・データベースのような形でカテゴリー別に整理していきたいと思います。

とりあえず、1週間か1ヶ月の単位でテーマを変えたりしながらノンビリと流していきたいと思います。

このテーマは10月から本格的にスタートできるように準備していますので、少々お待ちください。

Date: 2013.09.17 Category: 鉄道ネタ   
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FX&鉄(fxrailways)

Author:FX&鉄(fxrailways)
気がつけば転職7回! 「人生への投資」で出費がかさんだうえ、わずかな資産もリーマンショックで大きな痛手。景気回復に期待しつつも『まずはお小遣いの安定確保!』を目標に、わずかな軍資金で2013年9月から再びトレードに参入です。
トレードだけでなく、あちこちの趣味に話が飛んでいきますので、たぶんグダグダなブログになるかも、です。

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