【ラジオ】 #34 谷山浩子のオールナイトニッポン 1983/10/27

今日の音源は、第82回、1983年(昭和58年)10月27日の放送分です。

この一週間で2つの大学で学園祭コンサートをやってきたという報告をする浩子さん。

『私、知らなかったんですけど、東京工業大学って国立の一期校だそうですね。』

・・・ 「一期校」 ・・・時代ですねぇ。
この表現に響くのはやはり50代以上の方々でしょうか。
ちなみに、若い方に向けて「一期校」をちょっと解説すると・・・
1970年中盤までは国立大学の試験は2回受験できる日程で設定されていました。
その第一期には東大をはじめとする旧帝国大学が集中していました。入試日程との関係もあって、一期校が第一志望、二期校は滑り止めという形になったんですね。これによって入試期によって大学が序列化されていった訳です。その後、1978年に「大学共通第一次学力試験」(いわゆる共通一次試験、いまのセンター試験の前身)が始まると、この入試期による区分はなくなりました。

ちょっと脱線しましたが、こんな話題のオープニングの後、冒頭のハガキコーナーでは
シーズン終了したプロ野球のセ・リーグのお話をしています。(エース:平松正次投手の通算200勝達成のお話もあわせて)。

『皆様、おかげ様で、我が“大洋ホエールズ”が、みごと夢かと思われたAクラスに!』

・・・ 「大洋ホエールズ」 ・・・これもまた時代ですねぇ。

ちなみに、こちらもちょっと解説すると・・・
プロ野球のセントラルリーグに所属する「横浜DeNAベイスターズ」(2012年~)は、その前身を「横浜ベイスターズ」(1993年~2011年)と言いましたが、更にその前が「横浜大洋ホエールズ」(1978年~1992年)でした。今の横浜スタジアムが出来る時に川崎から横浜にフランチャイズ球場を移してきました。この1983年は関根潤三さんが監督だったシーズンですよ。(近藤貞夫監督が“スーパーカートリオ”を売り出す少し前ですね。その一角だった屋鋪選手は、最近ではSL写真家としても著名になりました。)

そんなこんなで冒頭から時代背景を懐かしめる放送になっています。
しかも、途中には、浩子さんのいとこが通っている東京都立大学(現:都市大学東京)の学園祭:「メポタン祭」のお知らせまで行なってしまうという「深夜放送的な公私混同」もあったりと、大変賑やかな放送です。本当に、「古き良き深夜放送」といった感じがいっぱいに詰まっています。

では、アナログ・モノラル放送のAMラジオの時代へ参りましょう。
今回の音源も比較的クリアです。
今回分は以下の青字のタイトルリンクからニコ動の中へ入ってくださいね。
(ウP主さん、ありがとうございます!)

谷山浩子のオールナイトニッポン 1983年10月27日

ちなみに、次週のハガキの宛先は、こんな冒頭のくだりもあって 『おめでとうAクラス/おめでとう200勝』 でした。



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Date: 2014.11.27 Category: オールナイトニッポン〔谷山〕   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ④


最終日:11月2日の札幌は、あいにく朝から雨模様。
強くはないものの、しっかり濡れる程度の降り方で傘は必要な状態でした。
天気予報でも帰り道にあたるエリアはどこも☁か☂の印で、お土産を買いつつの道中はなかなか大変になりそうな予感がありました。
そんな朝のニュースでは「北海道新幹線のレール締結式が昨日:11月1日に行なわれた」という話題も流れていて、タイムリーなタイミングで来たのを実感します。

ホテルを7時半にチェックアウト。地下鉄でススキノから札幌駅まで向かいます。
日曜日、しかも3連休の中日の朝ということで電車は空いていました。

札幌駅では、前夜の晩ごはんで入った店の店員さんが『北海道のお土産を買うなら、ここは大変便利』と教えてくれて、地元でも話題になっているという『北海道四季彩館』(札幌西店)へ行きました。お店自体は実はキヨスクの店舗なのですが、コンコースの中にあって乗車前の時間を有効に使えるうえ、朝早くから営業してくれているので確かに重宝します。
勤務先の同僚へのお土産を物色していくつかお菓子を購入しました。(あまりに定番すぎるので、「白い恋人」は買いませんでした。(笑))


荷物を小さくすべく背負っているバッグにお土産を詰め替えて、いよいよ改札内へ。
今日はこれから出発までの時間を使って、まずは昨日は小樽で撮影した「SLニセコ」の札幌駅での姿を収める為です。
しかし、ここでトラブル発生!
改札に入ってから、荷物を詰め替えたところに傘を置き忘れたことに気づきます。
今更戻っても仕方がないので、そこは思い切りよく断念し、そのままホームへと上がります。

札幌駅でのSLニセコの出発ホームが、これから乗車しようとしている列車の隣のホームだったこともあり、出発前の時間帯は撮影にちょうどよく使えます。既に「SLニセコ」は入線していて、この日を含めてあと2回しかない運転の光景を思い思いに撮影していました。
C11@札幌

SLニセコは、昨日も書いた通り、札幌を発つ時はディーゼル機関車が先頭になって牽引されて小樽まで向かう為、下の写真のような編成になっています。些か興醒めなところがありますが、都市部のダイヤにあわせて走るには致し方ないところもあるのでしょう。
SLニセコ@札幌①

そんな中に混じって撮影をしていたところ、札幌駅の独特の構造に気づきました。
機関車あたりの天井が一段高くなって、そこに「換気口」が付いていて、あたかも昔のSL機関庫のような構造になっているのです。(上の写真の煙がたなびいているちょうど上の部分です。)
これは北海道がまだ電化されていない区間が多く、札幌駅にも煙の出るディーゼル機関車が牽く列車が多く出入りしていることとも影響していそうですね。現時点でも「北斗星」・「カシオペア」、大阪と結ぶ「トワイライトエクスプレス」もそういった類の列車です。
また、雪害を考慮して全面的に屋根に覆われてしまっていて、ホーム階はかなり暗いこともあって、これまたスマホのカメラでの撮影には辛いところでした。

SLニセコ@札幌②


さて、今日はここ札幌から再び陸路で東京を目指します。

乗車したのは、函館へ向かう特急:「北斗6号」です。
特急券-北斗6号

8:34に発つ列車が既に「6号」(3本目)なので、いかに遠くへ行くのかが逆に伝わってきます。
列車は雨模様の札幌を定刻に出発。座席はかなりしっかり埋まった状態で、連休中の遠出をされる姿の方々がやはり多かったようです。

千歳空港が右手に見えるところで「トワイライトエクスプレス」の札幌行とすれ違います。来年3月には廃止になってしまうので、出来れば何とか乗車してみたい列車です。そして、2日前に夕張に向かう為に「北斗星」を降りた苫小牧を過ぎると、海沿いに出ます。この日はやはり雨だったこともあり、海は少し波立っているようで往路とは違う太平洋の姿を見ることが出来ました。

既にお気づきかもしれませんが、この列車を降りる駅は約3時間後に到着する「森」です。
往路と同じく、噴火湾(内浦湾)を眺めながら、途中の長万部の手前にある“秘境駅”:「小幌駅」を通過しながら、列車は森駅に到着します。

森駅。
駅名で言われてピンとはこなくても、ここの「駅弁」はご存知の方も多いでしょう。
「駅弁大会」や「北海道物産展」での超定番商品:「いかめし」です。
いかめし

これが「いかめし」の森駅の構内です。こんな小さな駅です。
でも「北斗星」を始めとする特急が停車するこのエリアの代表駅。
森駅の構内

駅の東側はすぐに岸壁になっていて、カモメが休んでいたりする長閑で静かな駅です。
(画像上、小さくなっちゃっていますが。)
森駅のカモメ

ここは非電化区間なので本当に北海道らしい駅の作りになっていて、出発信号機が橋上に並ぶ光景を見ることが出来ます。 (※札幌方を望む。)
森駅-出発信号機

写真に収めていないのですが、北海道の信号機には本州であまり見掛けないような「着雪対策」が様々に施されていて、“雪国の工夫”が見てとれます。

そんな写真を撮っていると、これから乗る上りの普通列車が札幌方面から来ました。
普通列車@森駅

今日はこれから函館本線の南部にある「2つめのルート」のを巡っていく旅です。
1つは森~大沼までの「砂原支線」。もう1つは、下り列車が通る「藤城支線」ではなく、上り列車が通る「本線」を通って函館に向かう訳です。その途中には、いま話題のスポットがあります。ここは意図的にスケジュールしないとうまく乗ることが出来ないこともあり、今回は往路の寝台特急では通らなかった経路を通る普通列車がちょうど接続よくあったので、この森駅で乗り換えることにした訳です。

砂原支線は、優等列車のうち、寝台特急:「トワイライトエクスプレス」と寝台急行:「はまなす」だけは通るようですが、「駒ケ岳」という富士山の形によく似た円錐形の活火山の周囲を取り巻くように海沿いを走る路線です。森~大沼の間はこの駒ケ岳を右回り・左回りするルートで2つに分かれている訳です。
ノンビリ走るディーゼルカーに乗り、砂原支線に入るとすぐに東森駅に着きます。まだ街中にある為、周囲にも民家が多くあるところですが、駅舎は何ともかわいらしい形をしています。
砂原支線-東森駅 駅舎

小雨模様が続く中、私の席の隣のボックスシートには旅の途中のご夫婦が。
I-PHONEを片手に撮影しながら景色を楽しんでいたようですが、どうやら奥様が「鉄子」の雰囲気でしたね。席を右に左に替えながらの乗車でした。また、お昼時だったこともあって地元の方々も比較的乗車されていて、高校生からお年寄りまで区間乗車も多くありましたね。

海沿いと言っても山を取り巻くように走る関係上、徐々に標高が上がっていき、山を半周近く周って大沼に向かう為に西向きの進路になる頃には結構な高さまで上るルートになっています。
大沼公園の湿地帯や沼が見え始めると、右手から森駅で別れた本線が合流してきて大沼駅に着きます。ここは観光地にある駅なので多少は賑やかですね。

次に、ここからがもう1つのルート、大沼~七飯の「本線」を進みます。

この間には下り列車(札幌行)の場合に急勾配の登り坂があり、重量級の列車だと障害になる為、回避した支線が設けられています。その昔は、下りが支線経由、上りは本線経由という振分けになっていました。最近では車両性能の向上もあって普通列車やディーゼル特急はそのルート選択に必ずしもなっていませんが、寝台列車や貨物列車はその例にならっています。この為、この区間は上り列車の方が乗る機会に恵まれやすいのですね。実際、七飯駅も大沼駅もそれぞれ下り列車の側が本線を跨いだり潜ったりする形態で分かれていく設計になっていたので、運用を前提にした配線になっていることが乗っていてもよくわかります。

その問題の急勾配は仁山駅を過ぎたあたりからなのですが、明らかに下っていることがわかるほどの感覚です。この下り勾配が終わるのがちょうど渡島大野駅の手前のあたりです。この下り終わりで車窓が開けると遠くに函館山も見えるようになります。


渡島大野駅。
ここを見たかったのが今日の目的の1つです。
今はただのローカル線的な無人駅。しかし、2016年には誰もが知っている駅になります。
その時の名前は、「新函館北斗駅」。
北海道新幹線の終点になるターミナル駅に変貌します。
東京駅で見ることが出来る行き先になる訳で、今回は建設状況を見たかった訳です。

左に大きく曲がりながら坂を下りきったところにある駅に入ってくると、、新しい駅舎と新ホームの建設はかなり進んでいました。
改築中の渡島大野駅① 改築中の渡島大野駅②

ご同輩と思われる方々が何人か下車しましたが、私は傘を札幌駅に置き忘れてしまったので、雨模様の渡島大野駅の散策は断念。でも、その判断が正しかったことは、駅を出発してすぐに気づきました。
渡島大野駅を出発すると、函館本線は緩く左に曲がりながら進みますが、右手の新幹線は高架になっていきます。そこから分岐する形で北海道新幹線の車両基地が建設されているまっ最中でしたが、これがとんでもなく広大です。とても歩いていろいろ見ることが出来るスケールでは既にありませんでした。
下の写真中央に横たわる建物が検車庫です。その手前にも引込線の建設中でした。
建設中の北海道新幹線の操車場

この日の朝のニュースで「北海道新幹線の車両が、函館の車両基地で公開された」という映像が流れていました。おそらくその車両が収められているのでしょうが、整備されている引込線はこの建屋の向こう側と思われ、その雰囲気は感じられませんでした。

この渡島大野駅から五稜郭駅までの交流電化工事も順調なようです。
既に架線まで引かれているところも随所にあり、2016年に向けての準備は着々です。
ちょうどこの旅日記をUPした今日、ここを走る電車の導入に関する記事が出ていましたね。
 【記事:「アクセス列車用に733系1000番台を導入」】

函館郊外のベッドタウン的な駅からの乗降客も多く、車内は結構な賑わいを見せながら、ようやく函館に着きました。時刻は13:20でした。

途中下車印を乗車券にもらって駅前に出ました。
今回の旅でもそうでしたが、夕張・札幌・小樽、そしてその移動の特急の車中、どこも中国人の観光客の方々が大変多かったですが、この函館もやはりそうでした。そんな方々も日本の観光客の皆さんも記念撮影に使っていたのがこのモニュメントでした。青函トンネルが出来る前の青函連絡船が運行していた頃の「0キロポストと駅跡」の表示です。
函館駅-モニュメント


函館は津軽海峡に面している為か、雨だけでなく、とにかく風が大変強くて寒かったです。
本当であれば、函館市電に乗って湯の山温泉に一泊して、函館観光を楽しもうかと思っていました。しかし、よりにもよって函館山のロープウェイが整備運休中とかで、十分に楽しめそうもなかったので今回は泊まらない計画になりました。

ここから乗る列車までは約2時間あったので、駅周辺を少し歩いてみて、それからお昼ごはんを食べようと決めて、とにかく駅前に出てみました。
函館朝市が駅近くにあったはずだけど・・・と思ったら、目の前にありました。
函館朝市

たしか火事で焼け落ちたハズなので、どの程度のお店があるのかと些か心配していましたが、結構な賑わいのようです。駅周辺の散策後が楽しみになりました。

駅前広場に出て、ぐるっと見回すと、目に入ったのが「青函連絡船」の記念館でした。
「摩周丸」です。
退役後にここに係留され、貨車の積載用のボーディングブリッジと共に残されています。
青函連絡船記念館-摩周丸①

煙突の側面に「JNR」(国鉄)の赤文字が見えます。
青函連絡船記念館-摩周丸②

微妙に中心から外れた位置に船は係留されていますね。
青函連絡船記念館-摩周丸③

雨で山頂が雲で霞んでいる函館山です。
摩周丸と函館山

今回は記念館:摩周丸の中には入らず、函館に次回来る時の楽しみに残しておきました。

また、駅とこの桟橋を結んでいた位置には駐車場が整備されているのですが、そこに国鉄時代の2つの象徴である「青函連絡船の碇」と「SL:D51の動輪」を飾るモニュメントがあります。
青函航路のモニュメント

その後ろの岸壁からは函館ドックを遠くに望むことが出来ました。
函館ドック

港での散歩&撮影をひとしきりした後、腹ごしらえに遅めの昼ごはんです。
しかし、この「函館朝市」でも一波乱。。。
そうです。“朝市”だということをすっかり忘れていました。ほとんどのお店が14時閉店。
おかげで市場の多くのお店はラストオーダーはとっくに終わり、閉店作業中でした。

そこで少し歩いてみたのですが、どんぶり屋さんみたいなところばかりしか開いていない。いろいろと見て悩んでみたものの、そこまでパッとするものはなく、結局、そのうちの1軒に入ってみました。「3色どんぶり」(ウニ・イクラ・ホタテ)を注文して食しましたが、大した感動もなく・・・。

そのまま近所の店で函館でのお土産を新たに仕込み、駅前を通る市電を見てきました。
NHK函館放送局の広告付の電車がちょうど来ました。
函館市電

最後に、市電の通る交差点から函館駅を眺望しました。
函館駅舎


いよいよ北海道を離れる列車に向かいます。
ところが、駅舎に入ると何やら放送がしきりに流れていて様子が変です。
よくよく聞いてみると、どうやら今度乗る列車の車両編成が予定と変わって短くなった為、指定席の振替えを行なっているから注意してほしい、と言っているようでした。

函館から乗ろうとしていたのは、この列車でした。
スーパー白鳥@函館①

この列車:「スーパー白鳥34号」が「当初は8両編成で運転の予定だったものが6両編成に変更になった」というのが放送の内容だったのです。
ふと、自分の切符を見ると・・・
特急券-スーパー白鳥

上り列車の6号車の14列目・・・「先頭車になった・・・だけでなく、その一番前の列では?」 と思い立ち、車両に向かってみると案の定、最前部の席の窓側でした。
出発まで函館の最後の撮影をパチリ。
函館駅構内 Part2

スーパー白鳥@函館②

まだ小雨模様の函館を16時前に出発して、再び青函トンネルに向かいます。
木古内を過ぎて津軽海峡線の高速軌道に入ると、往路では見ることが出来なかった線路の様子がよくわかります。既に新幹線用の線路が外側に1本足されています。しかも、それがしっかり敷かれている様子が、この140Km/hで走る列車からの流れる風景からもわかって頂けると思います。

まだ使用されていない為に赤いサビ色になっている一番下側の線路が新幹線用の標準軌の専用レールです。
青函トンネル前の3線軌条

この「スーパー白鳥」には車内情報表示盤がある為、青函トンネルに入る前から出た後まで「トンネル名」や「走行位置」の情報を提供してくれるのも、長いトンネルを飽きずに短く感じさせてくれる工夫として面白かったですよ。

青函トンネルを抜けて津軽線に入る頃にはもう外は真っ暗。雨は更に強く降っていました。
しかし、たいした遅れもなく青森駅へと走り、列車はちょうど18時に新青森駅に着きました。

新青森駅からは東北新幹線の「はやぶさ」に乗っての帰京です。
新青森から盛岡までは初めて乗ったのですが、興味深かったのは青森県内の区間乗車が多かったことでしょうか。新青森駅と八戸が短時間で結ばれるようになった訳なので、人の移動が変わるのも不思議はないのですが。。。

まぁ、その後は、“語るに及ばず”というか呆れるほどの高速運転。
盛岡で後方に「こまち」を併結してからの320Km/hでの街の灯りの飛びっぷりと言ったら、感慨も何も吹っ飛ばしてくれますね。あっという間に仙台・福島・宇都宮・大宮と来て、約3時間半で東京に着きました。


こんな3泊4日の“鉄分”満載の北海道旅行でした。
やっぱり北海道旅行は最低でも「5日間」でセットしないと、元を取って割安になる感じにはならないようです。実際、現在発売されている「フリーきっぷ」や「フリー乗車券」も、有効期間:5日以内で移動を検討すると、多くは普通に乗車券・特急券を買っていくのとほとんど変わらない内容に感じられます。そのあたりは参考にして頂くと良いかもしれません。

またどこかに出掛けたら、こんな旅日記を書いてみようと思いますね。


Date: 2014.11.21 Category: 鉄道ネタ   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ③

さて、小樽に泊まった夜が明けて、11月1日(土)の朝は小樽港までのお散歩からスタート。
駅前のホテルに泊まったのですが、土曜の朝6時半の人も少ない小樽駅を見ながら、駅前の通りを港に向かって緩い坂を下っていきます。

早朝の小樽駅

その坂の途中に、北海道開拓の歴史とは切っても切れない旧:国鉄手宮線の線路がそのまま遊歩道として残っています。

旧:国鉄手宮線

手宮線モニュメント

この線路跡を犬を連れて散歩する人がいて、喉かな土曜の朝の景色でした。
その坂を下りたところにあるのが、観光写真でもお約束の小樽運河です。
小樽運河

港に着くと、駐車場に人なれしすぎの全く警戒感のかけらもないカモメが・・・
小樽港のカモメ

そんな駐車場から来た道を振り返ると、坂の上に小樽駅が見えていました。
小樽港から小樽駅を望む


さて、この3日目、11月1日の目的は2つです。
1つめはSLを撮影すること。

お散歩から戻って、天然温泉の朝風呂&朝食をゆっくり済ませ、9時過ぎにチェックアウト。
真向いの駅に向かいます。
函館本線を走る「SLニセコ」は、札幌から小樽を通って山間部の蘭越まで走る列車。
札幌から小樽までの都市部はディーゼル機関車が先導する形で運行され、小樽から先の山間部はSLが先頭になって走るという運行形態になっています。しかし、保安対応上の問題で最新の機器が載せられない為、11月3日で運転が終了することになり、今回はるばる見に来た訳です。

先行列車の遅れで到着が遅れたのですが、SLニセコは3番線に入ってきました。
2番線にはまだ札幌方面行の電車が入っていた為、撮影は出来なかったのですが、9時23分に出発してからの数分が撮影の絶好の機会になります。今回は写真だけでなく動画でも記録したので、ここではそちらで見て頂きますね。ちょうど先頭で牽いてきたディーゼル機関車が後押し役に代わる為に“機回し”をしている最中の風景です。光線の方向が悪くて露出もあっていないのですが、音も含めて雰囲気だけでも感じて頂ければと思います。


早めにポジション取りをしたものの、最前部に余計なものが入ってしまった。
SLニセコ@小樽

他の方も大勢いたので手が映り込んでしまったのはご愛嬌。
SLニセコの全景

到着番線に移動してホームの光景を少し撮ってみました。
SLニセコ-C11側面

故・石原裕次郎さんの等身大パネルなんかもあったりする3番線です。
SLニセコ-ホーム 小樽駅3番線

牽引されている客車も少し収めてきました。
SLニセコ-客車① SLニセコ-客車②

SLニセコ-サボ① SLニセコ-サボ②

オハシ47


最後に、ここから後押し役になるディーゼル機関車:DE15を記念に。
本来は雪シーズンにラッセル車(雪かき車)の機関車としての本来業務がある機関車です。
SLニセコ-DE15


こんな感じで、小樽駅構内で撮影を行なった後、次の目的地に向かう為、私は札幌へ。
逆方向に同時出発と相成りました。
それにしても南小樽~銭函までの日本海沿いを走るところは、前日は日が暮れた後の通過だったのでわからなかったのですが、右に左に海べりを走りながら、大変美しい風景が続きます。この日は海も穏やかで、車窓を眺めていても本当に気持ちよかったです。

そんな感じでわずか30分後には札幌に戻り、今度は次の目的地に向かいます。
今度は「1日に来る列車がわずか3本」という超ローカル線に乗る為です。

札幌からは特急の自由席での移動です。降りる駅は函館本線の滝川駅。
特急券-スーパーカムイ

小1時間の乗車で到着した滝川駅。
降りたらビックリ! 特急停車駅なのに、何もない。。。
なのに、駅の上空にはグライダーが低空で飛んでいるという不思議な駅でした。

滝川駅

タクシーに乗って、その超ローカルな終着駅へ向かいます。
その駅が札沼線(学園都市線)の「新十津川駅」です。ここが本日の2つ目の目的。
函館本線の滝川駅から川を挟んでタクシーで10分。わずか4Kmしか離れていない場所にあります。

着いてみると、どうも御同輩の方が・・・・スーツ姿で一生懸命に撮影されていました。
とにかく1日に3本しか列車が来ない駅です。『タクシー移動で来る人を乗せることがありますね』と運転手さんが行っていたくらいなので、こんな方が土曜の朝にいらしても不思議はありません。

それにしてもかわいらしい駅舎です。お奨めの訪問先です。
新十津川駅

駅舎の脇には、いかにも北海道らしい白樺チップの敷き詰められた簡易舗装も。
駅脇の白樺チップ舗装

駅・ホームの全像

線路の点検用の車両の停止位置が書かれたボードも線路脇にありました。
この写真の突き当たりが札沼線の線路が終わっているところです。
札沼線の行き止まり点

しばらく駅の周りを散策していると、遠くで踏切の鳴る音が。
すると、単行のディーゼルカーがやってきました。
キハ40の到着

新十津川駅-ホームにて

札沼線-サボ

さて、撮影もほどほどに車内に入り、出発を待ちます。
新十津川駅舎-車内より

この列車は途中の石狩当別駅までしか行きません。
もっとも札沼線で新十津川から札幌まで2時以上。まず端から端まで乗る人は「鉄分多めの人」しかいないでしょうね。石狩当別駅からは札幌のベッドタウンなので、いまや電化路線。同じ路線とは思えないほど、列車頻度があまりに違いすぎます。

こんな感じで車内でノンビリと外を眺めながら移動した訳ですが、外はすっかり雪支度が済んだ家々が多かったですね。道路の除雪車も整備がすっかり終わり、いまや遅しと待機中でしたし、秋の終わりを実感する光景が多かったです。


15時半の少し前に札幌駅に戻りました。
ここからホテルのチェックインまでにあるところへ地下鉄で出掛けます。
その場所がこちら。
(この写真だけでわかったら、間違いなくフリークですよ。)
平岸高台公園

平岸高台公園です。
あのHTBの『水曜どうでしょう』のオープニング&エンディングでよく使われるロケ地です。
(これが、いわゆる“聖地巡礼”ってヤツですね。)
雨が今にも降り出しそうな天気で、既に16時を過ぎてかなり暗かったのですが、そんな時間でも女子大生くらいの女性2人組が記念撮影をしていましたよ。(真ん中に小さく写っていますね。)

すぐそばに北海道テレビ放送(HTB)の社屋があり、そこには番組グッズのお土産コーナーがあります。
HTV入口

番組グッズのお土産を買いつつ、雨も降りだしたHTBを後に、ホテルのあるススキノへ。

しかし、このススキノって繁華街は実に“怪しい”感じですね。
こちらはチェックイン後にお約束の「ラーメン横丁」に晩メシをしに出掛けたくらいでしたが、夜に出歩くと“客引き”とおぼしきオジサンたちが実に多かったこと。。。

そんな繁華街のホテルへ泊って、翌:最終日に向けて休息しました。
最終日の11月2日(日曜)は7時半には出発。
そして、北海道内で“寄り道”をしながら、一路東京に向かう15時間の旅になるのです。。。


Date: 2014.11.20 Category: 鉄道ネタ   

【ラジオ】 #33 谷山浩子のオールナイトニッポン 1983/10/20

今日の音源は、第81回、1983年(昭和58年)10月20日の放送分です。

冒頭に「おしろい(白粉)を変えた」という浩子さん。
それも「ピンクのおしろい」とのこと。
・・・それにしても、いつのころからでしょうね。
お化粧でも「おしろい」って単語を聴かなくなりましたね。
こんなところにも“昭和”がそこはかとなく感じられてしまう放送です。

「真夜中のお客様」は、浩子さんの所属するヤマハの“唯一のアイドル”と言われた小林千絵さんでした。
「西城秀樹の妹コンテスト」で、同じ大阪出身の河合奈保子さんと決勝を争ったエピソードを語っていますね。ファーストアルバムの発売の宣伝で来た訳ですが、浩子さんが提供した『水色のカチューシャ』を唄っている彼女も、河合奈保子さんも浩子さんの歌を提供されたということでいえば、アイドルソングもたくさん書いていた時期なのですね。

では、アナログ・モノラル放送のAMラジオの時代へ参りましょう。
今回の音源も比較的クリアです。
今回分は以下の青字のタイトルリンクからニコ動の中へ入ってくださいね。
(ウP主さん、ありがとうございます!)

谷山浩子のオールナイトニッポン 1983年10月20日

ちなみに、次週のハガキの宛先は、 『谷山浩子の We are not alone.』 でした。


Date: 2014.11.20 Category: オールナイトニッポン〔谷山〕   

【鉄旅日記】 北海道へ行ってきました! ②

寝台特急:北斗星に乗って、ひとまず青函トンネルを起きて抜けるべく、眠りについたのは宮城県の松島付近を過ぎた24時頃でした。そして2日目に入ります。

目が覚めたのはちょうど青森駅に到着する直前でした。もちろん真夜中。
駅への入線前で揺れたのが目覚まし代わりにうまくなってくれました。
青森駅は運転停車で客扱いがありませんので窓から覗いていただけですが、津軽海峡線を走る為の機関車:ED79への付替えが行なわれていて、汽笛が何度か聴こえるという風情を感じることが出来ました。

青森駅を発車すると津軽線へ入るのですが、この分岐点に広大な車両基地があります。
最近は関東地区を走っていた電車が置き換えられる際に改造対象になったものが“疎開”という形で一時保管先として鉄道ニュースでよく出てきています。
もちろん、この時も「何がいるのかな?」と見ていたところ、高崎線から引退した211系の電車がヤードの灯りに照らされて大量に留置されている光景を見ることが出来ましたよ。

深夜の津軽線を走り、蟹田を過ぎると、いよいよ津軽海峡線に分岐。揺れも少なくなり、いかにも高速新線の乗り心地に変わります。
東京近郊を走っていた時は東の空に昇っていたオリオン座が、この津軽線を走る4時過ぎには西の空に沈もうとする位置でした。「青函トンネルを抜ける頃にはおそらく夜が明けてくるのだろうな」と思いつつ、気が付くと青函トンネルに列車は入りました。青函トンネルの長さは約53kmもあり、北斗星でも通過に40分弱の時間が掛かります。

この青函トンネルの通過をロビーカーで楽しむ方々がいるハズなので、そんな様子を見にいくのも兼ねて、2度目の車内探検です。

1回目は営業中で遠慮した食堂車も無人でひっそりでした。
食堂車-1

食堂車-2

ロビーカーは、やはりほどよく酔っ払いさんがたくさんいらして、私は自動販売機で飲み物だけを買って退散してきましたが、旅の想い出づくりに賑わっていましたね。

部屋に戻るとすぐに旧:吉岡海底駅を通過。北海道にようやく入った感じがする瞬間です。
そうしてしばらくすると長いトンネルを抜けました。外は予想通りに既に明るくなっていて、北海道らしい煙突のある家々が目立ちます。
木古内駅が近くなると左手から今年廃止になった江差線の線路が合流してきます。木古内駅は既に北海道新幹線の駅も出来て架線も貼られている状態でした。

津軽海峡線は木古内~函館に掛けてはところどころで海沿いを走ります。
時刻は6時半の少し前。海峡を挟んで下北半島に陽が昇ってきたところでした。

津軽海峡の朝

朝の清々しさを伴いながら北斗星は函館に到着です。
ここで進路が反対向きになり、また電気機関車からディーゼル機関車への付替えも行なう為、少々長めの停車をします。
函館駅にて。

ED79@函館

函館駅構内

函館駅ホームにて。

そして、この函館から噴火湾(内浦湾)に沿って北斗星は走ります。
雄大な駒ケ岳を右手に見ながらしばらく走るのですが、終着駅の札幌まではまだ4時間半もかかります。この日の海はとても穏やかで凪いでいて、見上げればきれいな青空とのどかな汽車旅になりました。

青空。

大変美しい白い大きな吊り橋が架かる東室蘭を過ぎ、そして、太平洋を見ながら進んた列車は苫小牧に到着します。北斗星は札幌に向けてひた走りますが、私は今回の旅の1つめの目的地に向かう為、ここで下車しました。
今回の旅の「入り口」を楽しいものにしてくれた北斗星ともここでお別れ。
ちょうど誰も周囲にいなかったので、スマホで出発の光景を撮ってみました。



苫小牧駅では、北斗星の着いたホームの向かいにいたこのディーゼルカーへ乗換え。
室蘭本線の岩見沢行きにワンマンカーです。

苫小牧-室蘭線

単行のディーゼルカーでノンビリ走るのも気分転換には良いですね。
「北海道」から来るイメージに近い農村風景も見ながら進み、最初の大きな駅が追分駅です。
ここで今度は石勝線に乗り換えます。ちょうど特急:「スーパーとかち」が入ってきました。

追分駅

しかし、こちらはそれには乗らず、その直後の「新夕張行」のワンマンカーへ乗車します。
そう、今回の1つ目の目的地は旧:夕張線(石勝線の夕張支線)を訪ねてゆくことでした。

追分駅を出ると、石勝線の沿線風景は一変します。
まさに『ザ・北海道』という感じの巨大な酪農家や競走馬の牧場、そして丘の向こうまで続く畑・・・いずれも写真で良く見かける北海道の光景が車窓に広がります。こういう光景は函館から追分までほとんど見なかったので、あの北海道のイメージの光景は「十勝」方面の風景であることがようやく理解できました。

新夕張で更に単行に乗り換えて、ようやく第1訪問地の「夕張」へ着きました。
上野を経ってから約17時間半。さすがに身体の中が“揺れて”いる状態になっていました。

そして、この3日前に振った雪がまだあちこちに溶け切れずに残っている状況でした。
夕張駅-ホーム

夕張駅-駅名表示

夕張駅舎

財政破綻した夕張市ですが、この山間部に入ってくる沿線風景を見ていても、いかに炭鉱中心になっていたのかが今も垣間見れました。一般の住宅も昭和30年代~40年代のデザインのものが多く残り、タイムスリップした感覚もしてきます。
ただ、少し驚きだったのは、駅前にタクシーが1台もいなかったことでしょうか。市役所も近くにある駅にも係わらず、駅前にあるのは「屋台村」と「リゾートホテル」だけと、大変閑散としたものでした。

おかげで他に周ることも断念し、その屋台村で遅いブランチをしながら、新夕張の駅前にある「道の駅」でお土産物でも物色しようかと1時間後の列車で戻ることに決めました。その後、駅舎の中にある観光センターの女性と少しおしゃべりなどしながら時間を待ちましたが、やはり炭鉱が閉鎖になる度に千人単位で街から人が去ったとのことで、初代の夕張駅が移転したのも駅のある地区に住民がほとんどいなくなった為だというお話が聞けました。

夕張駅-冬支度

来た道を戻る車中、南清水沢駅で驚きのものにバッタリ。

夕鉄バス

そうです。「都営バス」です。
しっかり「夕鉄バス」に名前だけ変わってましたが、その他の見た目は都営バスのままで運行されていました。たしか破綻した折に譲渡された旧型車ですね。

そして、新夕張駅でいったん下車。
高台にある駅舎から降りたところの国道沿いにある道の駅に向かってみました。しかし、なんと、臨時休業でクローズ。完全に当てが外れてしまって、仕方なく近くのセブンイレブンでお茶を買って、駅に戻って待合室で1時間後の札幌行きの特急をノンビリ待ちました。
田舎の駅というのも独特の時間が流れるので楽しいものですね。待っている間に1台のパトカーがやってきて、「指名手配犯」のポスターを貼り換えていきましたが、駅員とのやりとりはホノボノ系でしたね。

そんな訳で、特急でいよいよ札幌へ向かいます。
新夕張駅構内

新夕張-札幌

わずか1時間の移動で札幌に到着します。
それにしても、さすがは中心地だけに東京と全然変わらない人の多さ。
この日:金曜日は小樽で宿泊の予定で、札幌の宿泊は翌:土曜日だったので、この日は札幌駅の近くを少しだけ散策してみました。まずは、お約束の「札幌時計台」へ。夕方の5時頃だったのでいくぶん照明の入った写真を撮ることが出来ました。

札幌時計台

そして、夕方の帰宅ラッシュに紛れながら小樽へ移動。
既に夜なので、駅も風情ある佇まいを見せてくれていました。
小樽駅の夜

時間帯的に観光できるところはほとんどなかったので、ホテルにチェックインした後は、軽くお散歩しました。 (旧:日本銀行 小樽支店)
旧:日銀 小樽支店

乗りつぶし中心の旅行2日目は、翌朝に小樽港の散策をすることに決めて、夜はゆっくりと休みました。

次は3日目の様子を書きたいと思います。


Date: 2014.11.19 Category: 鉄道ネタ   
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FX&鉄(fxrailways)

Author:FX&鉄(fxrailways)
気がつけば転職7回! 「人生への投資」で出費がかさんだうえ、わずかな資産もリーマンショックで大きな痛手。景気回復に期待しつつも『まずはお小遣いの安定確保!』を目標に、わずかな軍資金で2013年9月から再びトレードに参入です。
トレードだけでなく、あちこちの趣味に話が飛んでいきますので、たぶんグダグダなブログになるかも、です。

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